hanabie

花冷え

書くというより喋るということに近い

特に何もないわけでもないし、考えてないこともないけれど、やっぱりブログとして特筆すべきことっていうのはなかなかない。どの話を選ぶにも、「それならツイッターでよくない?」で終わる。そう思うとツイッターランドは強いな。
自分には言葉にして吐き出すことがどうしても必要らしかったので、実はこの日記を始めた当初は多くなるツイートをこちらに分散させるという目論見もあったのだけど、わりと失敗してるなと感じる。おそらく、「日記」と「呟き」が「ショートケーキ」と「パンケーキ」くらい違うからだと思う。似て非なるもの。あまり例えに意味はない。
「呟き」の敷居が異常に低すぎる、と認識している。暑いとか寒いとか、おなかすいたとか眠いとか、それだけでは日記にならないようなリアルタイムな感想も、呟きなら意味を成す(のか?)。リアルタイムであることに意味があるのかな。時間が過ぎればあってもなくてもどちらでも良いもの。リアルタイムであることと、さして意味もないことというのはとても相性が良いように思う。文字として記録しておく必要もないけれど、呟きたくなるのは、喋りたいというのと似ているかもしれない。私はよく自分のツイートが「裏紙に書き散らしたもの」だと感じるけど、本当にそんな感じ。後に残るという意識がほぼないので、もちろん推敲もしないし。そういう手間がかからない(かけない)っていうのもツイッターの気楽なところ。所謂すきま時間でできてしまうから続く。すきまがすきまっぽくないくらい幅を取っている気もするけど。